機会原因論 02

 いつも彼は立ったまま寝ている。
 電車の中でも見知った顔というのは出てきて、誰がどこで降りるかだって分かってしまった。そして毎朝なんとなく同じ場所らへん陣取ったりなんかして。
 その中でもいつも見かける中学生の男の子は、シートの背もたれに体重を預けて、器用に寝ている。そして目的の駅に着くとぴゅんと走って飛び出してしまう。朝早くから御苦労さまですと思わないでもないけどそんな事言えば皆そうなのだ。朝早くから御苦労さまです皆々様そして私。あぁやっぱり満員電車なんか、嫌い。
『間もなくー、……、……でございます』
 吐き出された私達はつんのめるように温い空気をまとったまま外に出て、けれど外もじめりと湿ってきているのを感じて。その流れに沿って歩くと、やっぱり案の定、一人だけ違う清廉さをまとったまま立っていた。
「おはよう、葉子」
「…おはよう、雄二」
 いつのまにか暗黙の了解のように私達は一緒に登校していた。
 季節はもう梅雨になっていた。


 空腹もいい加減極限で授業の内容よりもランチのメニューを考えるのに必死だった二限目の終了を告げるチャイムがなったと同時に、私のお腹は盛大な音をたてた。チャイムに紛れてあまり他の人には聞こえなかったようだが、隣に居た彼女にはにやにやと笑われた。
「元気なお腹ですねー」
「腹ペコ虫が鳴いてますぅー」
「おっけ、急いで食堂行こ」
「うん」
 何食べるのあたしパスタと彼女は言うので私はかつ丼と答えた。かわいくないなとあきれながら、彼女は私の勉強道具を片づけて渡してくれる。お礼を言っていつもの食堂へ向かった。
「エベレーターで行こ」
「だからエレベーターね。いい加減覚えようね」
「ああう。もう無理です、十九年間それで頑張っちゃったからもう修正不可です」
「なんておろかな十九年間なのかしら」
「うっせー、ばか」
 いまだに初めて見る人ばっかりの周りに囲まれてエレベーターで一階におりて食堂へ向かう。かつ丼を食べる私はかわいくないという。丼好きなのに、それを否定されてしまったらなんとも曖昧な気分になる。もちろん彼女に他意はないのだろうけれど、世間のレッテルがなんとなくうっすらと恐ろしい。別に自分がかつ丼を食べてどう思われるかなんてどうだっていいけど、もし目の前に居るのが雄二だったら、私は何も食べれなくなるだろう。かつ丼なら自分がすごく馬鹿な存在に思えて、パスタなら何だかあざとい気がしてしまって。誰にどう思われようがなんだっていいけど、雄二の目にうつる私だけが怖い。
 彼女はカルボナーラを食べて、私はかつ丼をがっついて、二人でいつも通りぼんやりと会話をしていた。
「葉子、次何だっけ」
「私、次空きだよ」
「あ、そっか。せっこい」
「せこくねーし」
「今日はどうすんの?」
「図書館ぶらり旅でも決行しようかなって」
「まじで。激アツ」
「でしょ」
 かつの衣に卵が染みておいしい。はふはふ言いながら食べるあったかいご飯が好き。けれど梅雨の湿気が湯気とあいまって、絶対ここら辺の不快指数高いと思う。汗ばんで張り付いた前髪をかきわけた。
 三限が始まる十分前に彼女と別れて図書館へ向かう事にした。その前に、図書館のお供を購入する為にコンビニに寄る。高校生みたいだけどリプトンのパックティーが大好きだ。新しいフレーバーはまだ出てないみたい。この前はピーチを飲んだから、今日は何にしようか、真剣に悩んでいた。
「…でさー、その女がもうどん引きでさぁ」
 うぃーんと自動ドアがひらいて、男の子が二人入ってきた。そのまま私と同じようにパックジュースのコーナーへ直行してくる。
「もうすっげ不細工なんだよね。勃つもんも勃たねぇっつか」
「言い過ぎだろお前ー」
「いやでもお前、あんな女抱ける?」
「…まぁ俺は無理だけどよ」
「だろー? あ、俺バンホーテンのココアね」
「俺リプトンのミルクティーに一途だから」
「浮気しねぇ男なんて男じゃねーぞ」
 黙れよがははって笑って二人とも去って行った。まるで嵐のようだった。私はアップルティーに手をかけかける直前の変な形のまま固まっていた。横に女子が居るなんて全く気にしてないであろう会話だった。そして裏道を通っている訳ではないのに、どっかりと構える校舎を感じていた。
 ぎぎぎと変な音をたてそうな体を元に戻して、何も買わずにコンビニを出て行った。ありがとうございましたーと店員の声が後ろで聞こえてそれを置いて出ていく。
 隔離されたくて裏道へ走った。図書館ぶらり旅なんて激アツな気分にもなれなくて、ただ私は、そうだおろおろとしていたのだ。
 知らない世界、というか、生々しい、というか。私は男の子になれない。だからあんな会話は知らない。
 切れた息で裏へ入れば、そこはやはり違う場所だった。コンビニのライトなBGMも無い、照明も無い、ここはただの、裏道。
 うずくまる。さっきの会話をどう租借していいか、分からなくて。


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