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※性的表現があります。苦手な方はご注意下さい。
そして全力で未完成、だけどこれ以上書けない。


「恐れるなら手を出さなければ良かったのに」
 ボタンにかけた指が震えた。
 背中にかかる歌う様なお前の声、それに響いた脊髄がもう一度腰に熱を集めろと言う。やめろそんな事をしたい訳じゃない。
 月明かりはもう知らないフリをして、太陽が朝だ朝だとわめくのに。怠惰に匂うこの室内は酷く暑い。にじむ汗がじわりと水滴をつくってつたう。
「ばーか」
 笑いを含んでいる、様に聞こえるのは、俺の願いだろうか。
 笑って居て欲しい。お願いだから、泣かないで。






Honey,
how about you?







 極々普通の環境で育った、おっとりとした母と良く笑う父と神経質な妹を一人持つ、ただの男だった。

「お兄ちゃん、ツタヤいってきてよ。もうちょっとで延滞料金なっちゃう」
 まだ着こなせていないセーラー服をまとったままの妹が、ソファーで眠る俺を呼ぶ。彼女の右手にある黒の袋が目の前にぶら下がった。
「…何で俺が」
「だって私、今からミーコと電話するんだもん。それにお兄ちゃん暇でしょ」
「ツタヤ行きながらやれよ」
「携帯で電話すると電話代馬鹿になるから、や!」
 お兄ちゃんバイク持ってるじゃん、と言う。
「ひとっ走りじゃない」
「…あれぐらいの距離なら歩いていくよ。ったく」
 うんざりとその袋を受け取れば悪びれもせず、すましたようにありがとと口先だけのお礼。結局最後に甘くしてしまうから、彼女はどんどん女王様になる。
 どうせ、学校が一日休みだったのでだらだらしていただけだった。正確にいえば自主休校なのだが、それはまぁおいといて。丸一日部屋から出ないのも何だかアレなので、散歩がてらにちょうど良かったのかもしれない。
「夕飯は七時よ。どこかに行くにしてもそれまでに間に合わせてね」
 台所で話を聞いていた母が、玄関で靴を履く俺に声をかけた。
「妹のお願いを聞いてあげて、偉いお兄ちゃんね」
「この家で誰があいつに逆らえるんだよ」
 ため息交じりに言えば静かに母は笑う。母もいつだって妹に甘い。いってらっしゃいの声を背中に受けながら、履きつぶしたサンダルをひっかけて外にでた。
 じわりと肌が湿る、夏が始まる夕方だった。
 赤い西日に照らされて軽い眩暈。痛い程の光を受けて思わずため息。よれたハーフパンツに携帯と財布だけが入っている。近所のツタヤまで、歩いて二十分も無い。妹に確認した時間まではまだまだある。用事を済ませた後にまたツタヤで何か借りるか、どこかに行ってもいいかもしれない。
 ふと携帯が震える。ディスプレイには、大学でつるんでいる奴の名前がうつっていた。内容は今日の講義内容について。ありがたい情報ではあるが、期待していた人物では無い事に、正直落胆する。
 電話も、メールも。
 俺からしないと絶対来ないだろうに。
 けれど。
 どこかあの子から責めて欲しいと思っていた。

 横を通り過ぎるランドセルの嬌声。赤や黒だけではなく、最近は水色だのピンクだの茶色だの、酷くカラフルになったものだ。次代の移り変わりに自分の年を確認して、老けたと思う。世間ではまだ若いとされる二十代も、なってみれば確かに中身は子供なのだけど、けれど確実に大人になってしまった事を感じる。
 それは積み重ねた経験のおかげかもしれないが。
 たっぷり三十分程時間をかけてツタヤにつき、レンタルしていたK-POPのCDを数枚返して、次は自分の為に店内を物色する。
 新しく入荷したCDをチェックして、今流行っているとされていても、どうせ次には無くなっているであろう薄汚いJ-POPをさらりと流し見る。そそられるものは無かった。呼吸のように流れていく音に興味は無かった。
 携帯で時間を見ればまだ18時。夕飯まで戻ってもどうせ暇だ。リビングでは妹がきゃぴきゃぴと電話をしているのだろう。女とは何故ああも喋るのが好きなのか。次から次へと、永遠に話す。良くもまぁ話題が尽きないものだ。
 再び時間を確認する。メールは来ていなかった。

 あの子は女の割に喋る事は苦手だったんだと思う。自分の事をあのねあのね聞いて聞いてと言う事はしなかった。寡黙な訳ではなかったけど。どうでもいい、くだらないノリを笑い、愛し、酔う子だった。
 線をなぞる様にあの子を思い浮かべるけど、思いのほか情報が少なくて、何故だろう、何かショックだ。どんな事で笑っただろう。どんな言葉が好きだっただろう。
 腰骨の細さはまだ、ありありとこの手に残っているのに。

 時間は微妙で、さてどうするべきか。散歩をするほどアクティブでも無い。しかしながらこのままここに居続けるのも手持無沙汰だ。かといって家に帰りたい訳ではない。
 日ごろの運動不足を考えて、たまには外をぶらぶらと歩く事にする。遠回りして、コンビニに寄るのも良いかもしれない。そう決めてツタヤを出れば、アリガトウゴザイマシターの声を背中に受けて、目の前にむわりと熱気を受けた。夏だった。

 こめかみに伝う汗の感覚は酷く生ぬるい。君を想うこの腰は酷く重い。
 君を抱いた。
 友達の筈の君に欲情した。


 元々すきだった。そのすきというのが恋慕なのかは全く分からなかったのだけど、ただすきだった。一緒に居ると楽しいだとか嬉しいだとか、幸せだとかではなく、ただ、漠然と「すきだ」と思った。
 言い訳にはなるけど、セックスをしたいと思った訳ではない。ただ「ああすきだな」と思ったのだ。存外長い下まつ毛や。ツンと上を向いた唇だとかが。
 何よりもその声だった。
 良くしゃべるその声は、内容もさることながら、ただ心地よかった。好きな歌手に似ていたのだ。女にしては少し低くて、尖った声が。
「そう。良く言われる」
 特徴的な笑い声、案外さばけた調子。化粧をすれば少し濃くて、ピンクの目元を細めてこちらを見つめる。
 馬鹿みたいに高いヒールをはいて、無防備な服を着る。時折覗く胸元はぞっとするほど白かった。
 指はごつくてそれを指摘するとキレる。それは、知っていた。
 正直多く言葉を交わす仲ではない。皆と同じ様につるむ事はあっても、その中でも濃い絡みがある訳でもない。
 けれど、何故か彼女は目立っていた。
 下品とも言える笑い声が心をざわつかせる程には。

 愛だの恋だの、理解はしているつもりだった。これが最後と思う程愛した彼女も居た。もちろんそれは若気の至りだったけど。
 だから恋愛ならすぐに分かると思っていた。
 ただ、すきだった。その声が、笑った時や、たまに呼ぶ俺の名前だとか。存外長い下まつ毛、ツンと上を向いた唇、にやりと言う言葉が似合う悪い顔も、高い下品なヒールも、無防備にさらけ出された胸元も。
 愛している訳でもなく、恋い慕う訳でもなく、「ああすきだな」と、ただ。
 なのに。

 きっかけは何だったか。酔っ払った彼女の、いつもとは違う胸元の色だったか。
 肉を想わせる赤、酒精漂わせる目元。
 歌う様な声が少し濡れたのがいけなかった?
 いや。
 いけなかったのは、俺の酒精だろう。

 酷く強引に抱き寄せた、その時の目は覚えていない。がむしゃらにむしゃぶりついた唇の下で彼女が震えた理由も、知らない。
 服を脱がす事すら焦った指にはもうアルコール何て無かった。素面に近い状態で味わう彼女唾液は、さっき食べていたチョコレートの味がした。
 吐息に熱よ混じれと思っていた。
 冷たく浅い呼吸が頬をかすめる。
 開け放たれたカーテンの向こうで、月が煌々と明るく、君の、黒い髪が、視界の隅で、白く。


 俺ばかりが熱くぐちゃぐちゃで、湿り気だけがしつこくて、汗で張り付いた髪をかきわけた事は覚えているのに、肝心の君の瞳を、やっぱり、覚えていない。
 茫然と放った精を受け止める時だけ、君はくぐもった声をあげた。女にしては少し低く尖った声で、細く小さな声をあげた。
 大した声量の無いその声が、鼓膜をぶち破る気がした。


「恐れるなら手を出さなければ良かったのに」
 そうだ、俺は怯えた。君を貫いたこのちんこを、突っ込みたいと思った脳を、何より君と行ったセックスを。
 まともに顔を覚えてないなんて当たり前だ。見れてない。その瞳の中に恐怖や悲哀を見つけた日にはもう一生立ち直れないと思った。万が一、億が一、いや、もっと数え切れない分の一、その奥に歓喜があったとして、それでも、それはそれで、きっと、立ち直れない。
「ばーか」
 笑って居て欲しい。何事も無かったみたいに、いつもみたいに、下品な言葉が似合う悪い顔で、ピンクの目元で。

 散々傷つけたくせに許しを乞う、分かっているよ、俺は馬鹿で、屑だよ。


 ツタヤの帰り道、絶対無いだろう、君からの着信、メールを想う。責めてくれれば正当化される気がした。身勝手な話だけど。
 妹はミーコと電話をしているだろう。甲高い笑い声をあげながら、楽しそうに、きゃっきゃと。同じぐらい気軽にお前の声を聞きたかった。馬鹿だけどそう思っていた。
 こんなに身勝手で、傷つけて、涙も、瞳の奥も見なかったくせに、未だに悲しいけども「すき」だ。