愛だと言えば全部許してくれる?
 ダイスキって何百回でも叫んであげるからたった一回愛してよ。ねえってば。



【Limbo】



 絶叫、からの号泣。誰の咆哮だ。俺の雄たけびだった。
 君は口の中から血を吐き出して俺を見る。胡乱な眼は鈍い光で俺をとらえる。けれどそこにうつっているのは、誰だ。
 淀まないでよ。だって美しいのに。
 厭わないでよ。俺は此処に居るよ。
 君に視線を送れば君は笑った。
「殴ると痛いよ」
「そうだね」
 俺の拳も痛い。鈍い痛みも鋭い痛みも吐き気もあるぐらい痛い。左手で右手を摩れば酷く熱を感じた。さてそれはどちらが熱い。
 気づけば俺はけろっとしていてああただ痛いなぁと思う。ああただ痛い。けれど俺はけろっとしている。
 君へ近づくと君は首の角度を上げた。俺を見上げる。酷い青あざで君の顔は惨い。眼も口もどこにもない。はれ上がって青と紫と赤、血しかない。
 それでも俺にそれは見えない。君は飽くまでも君であるし、どう足掻いても君で、君は君を逸脱しない。
 ところで俺はどうだろう。俺はこの場で俺足り得ているだろうか。そもそも俺はどこだろう。
 俺の中に君は居る、君の中に俺は居るだろうか。
 アア。苦しい。
 君はこの場で飽くまでも君である、そして俺の中に宿っている君は君を逸脱しない。血を吹こうが腫れあがろうが切り刻まれようか欠片になったって君はそのまま君、だ。
 ぽたぽた、落ちるのは涙の残骸だ。けろっとしている。けれど涙は止まらないでいる。
「痛いかい」
 はれ上がった唇じゃ上手くしゃべれないんだろう。どちらかというといはいはいに近い発音で君は言う。遺灰灰。灰、遺灰。
 瞳の奥がちかちかする。それは君だろう。いいや俺かい、僕かい。
「死んじゃえ」
 吐き出した言葉は誰に向けたのか分からない。ただ、思う。
「死んじゃえ」
 ぼたぼた、大粒の涙が、拳へ落ちる。俺は君を殴った拳を見る。血がにじんでいる。君の血だろうか、俺の血だろうか。君は知っているのか、痴らないのか。僕は、僕は。
 涙に血が淀む。紅く薄い。アア。声を上げるには悲しすぎる。
「うん」
 そう呟いて君は立ちあがる。力を振り絞って。それだけに疲れたのか、立ちあがってすぐに顎を俺の肩に乗せた。熱かった。生きていた。
「死んじゃえよう」
 誰への呪詛か、いや、こんなのを、言いたい訳じゃ、無い。
 パステルカラーの世界で溺れてしまいたかった。綿菓子の様に柔らかな甘みに酔ってしまいたかった。想像していた未来はもっと健やかで明るかった筈だ。いつからこんなに濁ったんだろう。
 君の手、が。
 誰かに触れるのがいけない。声が誰かを呼ぶのがいけない。熱、が。熱が、はじけてしまう、ぼん。
 ぼろぼろと泣くのは俺だった。君は泣かなかった。異形となった顔のまま、火傷しそうな熱を持ちながら君は、泣かなかった。
 こんなものを痴る。君に狂う。世界は鈍色、夢は紫。太陽は赤くて空は黒い、よ。
 君は俺の中で君を逸脱しない。その筈だろう。
 アア、アア、アアだって! だって君が!
 君の熱、が! はじけるから!
「すきだよ」
 涙に溶ける俺の声は鈍い。
「すきだよ」
「うん」
 拳が、君の鳩尾に入った。ウッと鈍い声の後、君はその場に崩れおちる。間髪いれずに蹴りをたたきこんだ。内臓をえぐるような嫌な音がした。君は声にならない悲鳴をあげて、腹を抱えてうずくまる。見えないけれど、もしかして吐いているかい。
 そのゲロだって飲みたいのになぁ。
 ぼろぼろ、涙がこぼれる。泣くべきは君だ、俺じゃない。その、今吐いたゲロ、のませてください。だってすきなんだ。ほんとすきなんだ。だから。
 吐き出した血だって唾液だって排泄物だって何だって飲むよ。ねえすきなんだ。ほんとだいすきなんだ。
 君にだって飲んでほしいよ。俺の全身の穴という穴から出る体液を。だってどこを飲んでも君への爆発しか溶けていないもの。
 突っ伏す君を上から蹴りつけた。下でゲロがびちゃってなって僕は酔って酔い痴れて痴れて触れて触ってねえゆって君もほらほらあいしてるあいしてる(来世でパステルカラーになろうよ!)。