There is god here.












SIDE:りか




 神様が居たなら良かった。
 まみはそう呪うみたいに呟く。神様の存在の有無を、とってもはっきりと口にしてしまうんだねと言えば、うん、だって知ってるから、と返された。そうか、まみは神を知ってるのか。疑いもせずに納得したあたしは白く息を吐いて空を見上げた。冬の晴れた空は寒さを増徴させるだけで、ぽっかりと置き去りみたいに太陽を白く映す。雲のないあそこの、何処に神は居るんだろう。そうまみに問うと、だから居ないんだってばと笑われた。あ、と間抜けに言えば、まみは唇のピアスをきらきらさせて息を吐いた。薄い眉毛と濃いアイラインが白い息でにごった。
 神様なんて居ないよ。
 まみはもう一度呟くと、ポケットをさぐってタバコを出した。くしゃくしゃになった赤のマルボノのニコチンの含有量を、あたしは知らない。慣れた手つきで火を灯すと、細い唇に挟んだタバコに近づけた。焦げる匂いがあたしまで来て、あたしはほんの少し顔を背けた。まみはそれに気づいている筈なのに、知らないフリをした。まみはそういう所が酷いんだ。
 あたしが吐いた息が凍るのと同じ様に、まみも白い息を吐き出した。含まれたニコチンの匂いは気持ち悪くて、あたしは目を瞑った。祈れないね、そう言えば、祈らないよ、と言われた。
 そうだね、誰にも、頼れないね。
 あたしがそう言えば、まみは初めて泣きそうな顔をした。まだ火を点けて時間の浅いタバコがじじじと燃えて、段々灰を作っていく。もう少しで落ちそうな灰を見つめて、あたしはまみの腕の細さを思った。
 頼らないよ。
 まみはそう言って下を向いた。まみの口から灰が落ちて、あたしは、あ、と間抜けに言った。灰はアスファルトの上で暴れて、静かになって、色を失って、まみはそれを踏み潰して、頼らないよ、そう言った。あたしはまみは涙を流すだろうかと思いながら、まみを見つめたけど、まみは涙を流さなかった。唇のピアスはただきらきらしていた。あたしはぼんやりと、神が居たのなら、あたし達は祝福されたのだろうかって、それだけを考えていた。あたしの指先には、まみの彼氏から奪った指輪が金色にきらきらしている。まみのピアスよりはきっと安いけど、でも、まみがくれたから良いんだ、かまわない。それだけで何よりも高級な代物に変わる。
 金色は赤く濡れて、居ない神はそれを知らないんだね。






















SIDE:しんじ




 神様に貰うなら何が良い。
 まみが唐突に言うから、俺は考えた。まみは最近ピアスを増やした。唇のピアスはしゃべる度揺れて、少し痛そうだと思う。俺はまみの唇を見つめながら、何かなと答えた。ほしいものは最近特に無い。平和に毎日が過ぎるならそれで良いと思っている。まみがそうじゃないのを知っていて俺はそう思っている。まみはスリルが大好きだ。俺はそんな、寿命が縮むものは好きじゃない。穏やかなに静かに、幸せに毎日を愛せれば良い。ぼんやりと考えていると、まみが若干イラついた顔でクッションを弄っていた。答えを促すその顔に、俺はその場しのぎに、ん、と声を漏らすと、考えているふりをした。考えても、答えなんて出ない気がしていた。しばらく時間がたって、俺は両手をあげた。わからないよ、まみ、そう言えば、わかってよ、とまみは少し悲しそうに笑った。
 まみの唇のピアスはまみが息をする度にかちかちとゆれる。下唇に一つだけ、リングのピアス。それを付けた日、どうしたの、と聞けばまみは唯笑っているだけだった。
 揺れるそれを見ていると無性にタバコが吸いたくなって、俺はポケットを探った。いつもあるはずのそこにはライターしかなくて、俺は少し苛々する。やっぱ訂正、そう言えば、まみがゆっくりと期待に満ちた目でこっちを見た。何、と聞く口の動きに合わせてピアスが揺れる。それを見つめながら、タバコ、そう笑えばまみは酷く嫌そうな顔をして、ポケットをさぐって赤のマルボロを投げつけた。俺は笑ってそれを受け取る。
 しばらく煙を吹かせば、まみは携帯を弄りだした。いじるその指が妙に赤くて、寒いのかなと思う。もう冬になったけど、まだ此処には暖房がついていない。吐き出した煙はまるで凍った息の様に見えた。
 あたしはね、
 まみが唐突にそう言った。視線は携帯の液晶を見ていて、俺を捕らえていない。濃すぎるアイラインが伏せられて、目は真っ黒に見えた。その癖に眉毛が薄いのがぼんやりと気になった。
 神様に頼んででも欲しいものがあるよ。まみはそう言って薬指に嵌められた指輪をゆっくり見つめた。俺が去年上げたペアリングはもう既に少し黒ずんでいて、シルバーリングは手入れが大事なのだとぼんやりと思った。なに、と俺が問うと、まみは泣きそうな顔で笑った。
 しんじ。
 俺は此処に居るよ、俺がそう言う前にまみは携帯を閉じて、扉はがんがんと叩かれて、インターホンはうるさく鳴った。






















SIDE:りか




 まみのメールを受けてすぐに行ったあたしは、まみのメール通りしんじ君を襲った。まみは最中はとっても冷静にあたしを見ていて、驚いたしんじ君はまみを見ていた。あたしは最中何をしたかなんて覚えていないけど、でも、まみの視線だけはねっとりと覚えている。全部が終わった後、息が上がったあたしにまみはお疲れ、と一言言って、しんじ君の指から指輪を抜いた。そして、無言で無表情でそれをあたしに突き出した。あたしは一瞬意味がわからなくてぼんやりとしていたら、あげる、とまみはあたしに押し付けた。あたしはうん、と呟いて、それを貰った。まみのピアスみたいにきらきらする指輪は、まみとおそろいだった。その事に今更ながら胸がぎゅっとした。まみがあげたの。それともしんじ君があげたの。それを問いたかったけど、今聞くのは違う気がした。
 どうする、あたしが言えば、逃げる、とまみが言った。頷いてあたし達は部屋をそのままに、そこから逃げた。
 空はぽっかりと太陽を置き去りにして晴れていて、雲なんて無かった。
 タバコがくゆる。まみが今点けたタバコは、部屋からとってきたものだった。しんじ君の周りに落ちてたから、きっとしんじ君が持っていたんだろう。ばらけて床に散らばったタバコを、まみは一本一本丁寧に震える指で拾っていった。表情はあたしの角度から良く見えなかった。だから分からない。
 まみ、あたしがそう言えば、泣きそうな顔でまみはタバコを口から落とした。回りもしないで垂直にタバコは落ちる。じ、と一瞬コンクリートを焦がした後、それはほんの少しだけ赤を帯びたまま静かになった。まだ大分長かったそれを落とすのは、とてももったいないと思う。じっとあたしを見るまみに近づいて、タバコを踏み潰す。まみはあたしを見つめたままで、その視線はとてもねっとりとしていて、あたしはさっきの行為をぼんやりと思った。まだ指は赤く濡れていて、そこだけがぐんぐんと熱を奪われる。まみの視線に応えるみたいにまみを見つめた。まみより少し背の高いあたしは、まみを自然と見下ろす形になった。上目遣いの目のアイラインが黒くて、ぼんやりとした白い息の中で、それすらもにごっていった。
 りかぁ。
 眠そうな顔でまみがあたしの名前を言う。神様、居ないんだね、やっぱり、と、静かに言うから、うん、とあたしは答えた。指先はもう冷えて動かなくなっていた。動けばまみの髪を撫でれたのに。ぼんやりとそう思いながら、あたしは真っ白に凍る息を吐いて、ぶかぶかの指輪が落ちないかな、なんて考えていた。