ぶち、ぶち。
 青く小さな花をぶら下げたそれを、彼女は丁寧とは言いがたい手つきでとっていく。花が失われていく度に、覆われていた空は顔を出し始める。
 白い指は飽くまでもインラン。言葉の意味は分からないけど、皆がそう言っていた。
 爪は丸くて小さい。白い指の中で、唯一それだけが桃色。
 ぶちり。
 はら、と一粒、小さな花が落ちる。地面は養分の所為か何の所為か分からないけど、唯黒い。そこに青の小さな花。はらりと一粒。
 いとし。
 藤の花。
 彼女は穏やかな笑顔でそれをもぎ取る。一房とっては、もう一房。籠は無い。だから左手で抱えるように持つ。ぼろぼろと隙間から小さな花の粒を落として。彼女の歩いた場所に、採った瞬間に落ちた花、そして彼女の腕から落ちた花が散らばる。
 彼女は優雅に生命をもぎ取る。清らかな程の無邪気さで。
 頬には紅すら無い白。
 真っ暗な此処で、かすかな光を反射したまま。
 見えるのは横顔だけ。その真っ白な頬に、細くて長い白の脱色した髪の毛を引っ掛けている。ゆがんだ瞳はカラコンか、遺伝か、分からないけど、赤。垂れ下がる青の上空、貫き通される黒の大地。その中の異質の彼女は白と赤。人為的なアルビノ。人形じみた人間。
 ぶちり。
 青の上空を見上げて、彼女は覆い隠された空を見るための様に、ぼんやりとそれをもぎ取る。緩やかに浮かべられた笑み。そうやって、淡く全てを拒絶をするような。
 彼女の居るその場所の黒さに、僕はかすかに戸惑っている。
 それでも、僕は彼女から目を離せない。そっとこの場から動かないまま、彼女を見つめる。
「…みーちゃん」
 僕は椅子の背もたれに顎を乗せたまま、彼女の名前を呼ぶ。
「なァに」
 声は甲高く、鼻にかかったような声で、色にたとえるなら、全身と同じ白。
 ゆるく細められた目だけがヤラシイ。ヤラシイの言葉の意味は分からないけど。
「それ、何の花」
 何かという事を知っていて、僕は。
 振り返れば、残像のように白い髪が彼女の顔の前をすぎる。脱色だらけの中で、唯一の赤、瞳。ゆるく細められていた。
 ふっとゆがめられた唇は計算によって婀娜っぽい。つむがれた声でさえも叙情に濡れる。
「いとし」
 本当に嬉しそうにそう呟く名前の意味を、僕と彼女以外に誰が知るだろうか。
 白痴の様な怠慢の中、垂れ下がる藤の花の中、言葉遊びを愛しんだまま、僕は君にキスをしたい。ただそう、はっきりと思った。










い と し 。